筋腫発見の経緯と手術を決意・入院先を決めるまで

この記事は、コロナ第一波収束期から第ニ波が始まりつつある時期に書いた記事なので、時系列などおかしいところはお目をつぶって頂ければ幸いです😷

 

 

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子宮筋腫を発見してから、手術を決意するまでに約6年の時間がありました。

 

30歳の時に、自治体で発行される「子宮頸癌検診の無料クーポン」を使って、地元の病院で検査をしたところ「子宮頸癌はないけど、良性の子宮筋腫がある」という診断が出ました。

 

そこから、当時勤めていた会社に近い病院を探し、そこで約6年間、最初は1年に1度のペースで筋腫の経過観察をしていました。

 

当時は、筋腫のサイズも3センチぐらいで、「妊娠にそこまで影響はない」というレベルだったので、あくまでも「1年に1回の筋腫の経過観察と子宮頸癌検診」という形で受診していました。

 

この6年の間に、私は結婚をして、会社を辞めて、夫の海外転勤に2年間帯同していました。

 

海外生活の間に妊娠できたらいいな、と思っていたのですが、激務の夫とタイミングが合わなかったり、そのうち私自身も海外で仕事を始めたり…と、妊娠のための万全な生活はつくれていなかったと思います。

 

ただ、その間も、一時帰国の時間を作っては、婦人科に検査に行ってたのですが、当初は「1年に1度」でよかった検査ペースが「半年に1度」に変化していき、「日本に住んでいたら、手術が受けられるのにね」とお医者さんに言われるまでに筋腫が成長していました。

 

想定よりも早く本帰国することができたのですが、そこから半年ぐらいは日本で家を転々としたり(ホテル暮らし→仮住まい&家探し→家購入)、海外転勤前に勤務していた会社を辞めた時の失業保険を受給していたり(この間は年金は自腹、夫の会社の社保には加入できないため、国保に加入)で、すぐに手術に向けて動くことができませんでした。

 

ようやく手術のために動き出せたのは、本帰国から丁度半年後。当時通っていた病院は、割と大きな病院の分院みたいなところで、手術や入院をする設備がなくて、それらの設備が整っている本院は隣県のだいぶ離れた場所にあったため、改めて自分で「自宅から近くて手術ができる病院」を探しました。

 

最初は、「遠いけど、もともと通っていた病院の本院で手術してもいいかな」と思っていたのですが、「自宅から近くないと家族がお見舞いに行きづらいし、いざという時に大変ですよ。」という先生のアドバイスに従い、自宅から歩いて行ける距離にある割と規模の大きいA病院に決めて、紹介状を書いてもらいました。

 

そうだった。手術を決めたA病院の一番の決め手は、「家から近い」でした。

 

本当は、遠くても、いつも診察してくれていた先生に手術をしてもらいたかったけど、「家族のお見舞いへの通いやすさ」のために近所のA病院にしたんでした。

 

それなのに、実際の入院生活は「コロナの影響によりお見舞い禁止(着替えの差し入れのみ、1日1名1回5分だけ可)」で、「あれー?私、なんでA病院を入院先として選んだんだっけー?」って感じでした。

 

「近くて通いやすいから」という、病院を選ぶ基準としては割とメジャーな理由で選んだのですが、さすがコロナ禍。

 

そんな当たり前も、当たり前じゃなくなってしまいました。

 

とりあえず、今後、子宮筋腫摘出手術を検討している方に言いたいのは、「ネット環境だけはしっかり準備してくべし!」ということです。

 

本当に、入院中はインターネッツさまさまでした。ありがとう、文明の利器!